「あ〜!おチビが帰って来た〜vvv」

「………どもッス」


亜久津達のことを見られていなかった安心感に、リョーマはそっと吐息をついた。


「…越前、随分早かったじゃないか」

「急いで行って来たんす」


あまり深く訊いて欲しくない時に限って、周りはしつこかったりする。


「でも、本当早いよね。走っても…後10分はかかると思うんだけど?」

「不二先輩…あんたさっきの見てたんすか…?」

「ふふ、何のことかな?」


不二周助という人間は意地悪だと、リョーマは何度目になるか分からない認識をした。


「でもリョーマ君?危険だからもう二度と乗っちゃ駄目だよ?」


小声で囁かれた言葉。微妙に怒りが篭っているのは気の所為ではないのだろう。


「…了解ッス」


不二の事を見送ると、自然とコートを見てしまう。


「…俺もテニス、やりたいな」

「おう、越前。んなら、明日の休み、ストリートテニス場行こうぜ?」


桃にとってはデートのお誘い。

リョーマにしてみれば、鬱憤を晴らす事の出来るチャンスの訪れでもあった。


「行くッス!!!」

「じゃあ、明日迎えに行くからよ。ちゃんと起きて待ってろよな」

「うぃーす」


起きて待ってるかは約束出来ないが、リョーマにとっては何より嬉しい休日になったのは言うまでもなかった。































































「お前なぁ…起きて待ってろって言ったじゃんかよ…」


翌日リョーマが目を覚ますと、目の前には桃城の姿があった。


「…勝手に人の部屋に入んないで欲しいッスね」

「だって南次郎さんが良いって言うからよー?」

「あっそ…。どうでもいいけど、俺、着替えたいんだけど?」

「なら着替えろよ…?!」


そう、桃城は忘れていた。今のリョーマは『女の子』なのだ。

好きな子の、しかも性転換してノーマルな関係な今、それを見るのはヤバすぎだ。


「そっすか?桃先輩が気にしないなら…」


そう言ってパジャマを脱ごうとするリョーマを、桃城は必死で抑え付けた。


「わりぃわりぃ!すっかり忘れてたぜ!!…えっと、今部屋出るからっ!!!」


もう必死。そりゃあ必死にもなる状況だ。

しかし見なかった事に関しては……少し勿体無い気もした桃城であった。





「桃先輩?終わったッスよ??」

リョーマが部屋から出ると、硬直した桃城の姿が。

何故かと言うと…リョーマの格好に問題があったりする。


「おまっお前!…何で女の服着てんだよ〜!?」

「だって女ッスから」

「そりゃそうだけど…。お前にプライドはないのか?!」

「あるに決まってんじゃん。…菜々子さんと母さんが五月蝿いから、仕方なくだよ」


仕方なくと言った割には、満更でもない表情のリョーマ。

…意外と気に入っているか、又は男の子が一度はやってみたがる女装に関する好奇心か…

いずれにせよ、リョーマには不釣り合いに聞こえる理由だ。


「…俺は嫌だけど…桃先輩は、こっちの方が良いんじゃないかと思って///」

「…!!!(可愛いっ!可愛すぎだぜ越前!!!)」


桃城はリョーマをギューと抱き締めた後、ハッとする。


「それは嬉しいけどよ!…その格好で他の奴等にバレたりしたら…」

「平気ッス。その時はその時ッスよ」


あっけらかんに言うリョーマを追いながら、桃城は玄関を出た。



「にしても…何処に行く?」

「あそこでいいじゃん。前にサル山の大将達が居たとこ」

「あぁ、そこか」


桃城は納得しながらも、多少不安になった。


(確かあそこは…氷帝だけじゃなく、不動峰や聖ルドルフとも逢ったことがあんだよな…。ま、平気だろ)











































「越前、ついたぜ。降りろよ」

「うん」

「越前………?」


二人の会話を聞いていた人物が、不審そうに呟いた。


「……あっ??!お前まさか、越前リョーマか!?」

「「えっ?」」


二人が振り向くと、そこに居たのは不二裕太。

意外な出会いに、両者戸惑うばかり。


「えぇっと…お前何で女物の服なんか…」

「…罰ゲームなんすよ。一日女装するっていう賭けで…」

「なるほどっ、それでお前が負けたのか?」

「…ま、そういうことッスね」


涼しい顔して嘘を付くリョーマに、桃城は半ば感心した。


「あんた、一人?」

「いや、他にも居るぜ」


裕太が向けた視線の先を見ると、ベンチに座って休憩している観月、木更津、柳沢の姿があった。


「ふ〜ん、丁度いいや。全勝してやるっ」

「おい越前…張り切るのはいいけどよ、大丈夫なのか、体は…」


桃城が呟くと、リョーマはにっと笑ってみせた。


「全然余裕ッス!不二先輩に貰った鎮痛剤も飲んだしっ」


いつそんな物をもらったんだ?首を傾げる桃城を置いて、リョーマは裕太と共に観月達の元へと走った。










「おうおう裕太!いつの間に女を引っ掛けたんだ〜ね?」

「クスクス、裕太も隅に置けないなぁ」


冷やかし半分、面白半分。木更津と柳沢が言ってきた。

…が、その相手の女を見ると黙りこくってしまうのだった。


「裕太君っ、不謹慎ですよ。我々はテニスをしに此処へ来てるのですからね…っ!?」


リョーマを見た、観月までもが言葉を失った。

なにせ今のリョーマはかなりの美少女。なかなかお目に掛かれない程の上玉なのだ。


「…裕太、お前凄く可愛い子を捕まえただーね…」

「ふ〜ん、ちょっとムカツクな…」

「裕太君…攫ってきたのなら早く放さないと犯罪ですよ…?」


観月の言葉には棘がある。チームメイトに対して「犯罪」とまで言えるのは観月ぐらいのものだろう。


「えぇ?観月さん達判んないんすか?こいつ、越前リョーマですよ」

「「「えぇっ!?!」」」


一体どうして…と言葉に出来ない様子。

その時になってやっと、桃城がリョーマの所に来た。


「おい、越前。まだ試合やんねーのか?」

「あ、そうだった。ねぇ、誰でもいいから俺と試合して?」


リョーマの「俺」を聞いてやっと認識したのか、観月が立ち上がった。


「んふ、いいでしょう。僕が相手になりますよ。…何故そのような格好をしてるか知りませんが…」


『僕が勝ったら、僕の選んだ服を着てもらえますか?』


「え………」


(((観月(さん)ナイスッ!!!)))


他の三名は目を輝かせた。何て言っても、あのリョーマに好きな服を着せる事が出来るのだ。

それと対照的に、桃城の表情は沈んだ。


(やっべー!こんなとこに来るんじゃなかった!!こんな賭けが不二先輩の耳にでも入ったら…!)


桃城の心配は、己の生命の危機にまで発展していた。

そんな桃城を気にする事無く、リョーマはあっさりと答えた。


「いいっすよ、絶対負けないし」


勝気な目。それは負けの可能性を信じていない目だ。

というよりも、それほど女装という罰ゲームを嫌がっていないような感じだ。


「ふふ、ではいきましょうか」



「観月の奴、勝算はあるのかな…」

「平気ですよ、観月さんは負けませんって。…ああやって真剣になってれば特に…」


裕太にそう言わしめる程、観月の表情は真剣だった。

…恐らく、不二と試合した時以上に…





「では、いきますよっ!」


観月のサーブが、リョーマのコートに鋭く決まった。

と、リョーマはハッとしたように目を見開いた。


(男と女じゃ、全然体の感じが違う…。少し、リーチも短くなったかも………)


今は女だ、という事を頭に叩き込み、再度ボールを追うが、なかなか打ち返す事が出来なかった。

その試合を見る第三者には「可愛い女の子に容赦なくボールを打ち込む男」の図にしか見えなかったという。

観月はつくづく運がないとしか言えない。


「大丈夫ですか?まだ一球も決まってないですよ?」

「…っまだまだ、これから!」

「諦めは肝心ですよ」


打ち返しても、女の細腕では負担が大きいものだった。

鍛えてきたはずの筋肉が、まるで無くなってしまったようだった。


「ゲームセット、ウォンバイ観月!6-0」


(男と女がこんなに違うなんて…)


「んふ、越前君。これから買い物にでも行きましょうか?」

「うっ………」

「約束、ですよね」

「分かった!着ればいいんだろっ?」


ヤケクソになったリョーマの発言に、桃城はあちゃーと溜息を吐いた。


「越前、そんなの守らなくってもいいと思うぞ…」

「だめ、逃げるのは悔しい」


桃城の引き止めようとする姿を見た観月は、少し考えた後に告げた。


「桃城君、君は帰って下さいね。越前君は、僕らとデートするのですから」

「んなっ!?そんなの駄目に決まってるだろっ!」

「…桃先輩、罰ゲームだし…。お願い」


リョーマにお願い、と言われ桃城撃沈。

それをチャンスとばかりに、観月達はリョーマの手を引いて歩き出した。












「ん〜、君には何が似合うでしょうね…」

「クス、観月…これとかどう?」

「…レースもいいですが、あまり目立つ格好だと困ります。変な輩が越前君を狙ったら大変でしょう?」

「じゃあこれはどうだ〜ね?」

「んふ、なかなかいいですね…。あぁ、裕太君。何かありましたか?」

「えぇ?!お、俺は……これとか、どうッスか…?」

「へぇ、裕太って結構センスいいね」

「うんうん、地味な方がかえって可愛さを引き立たせるだ〜ね」

「じゃあ、それに決めましょう」


試着室でず〜〜っと着せ替え人形のごとく、様々な服を着せられていたリョーマに、やっと一着の服がプレゼントされた。


「んふ、暫く街を歩きません?」

「……いいけど」





店を出てからというもの、男の視線がリョーマの体に付き纏った。

ちなみに今のリョーマの格好はというと、真っ白なワンピースに白い髪留め。オプションで淡いブルーの靴。


「…何で、こんななの…」

「え?もっと派手な服が良かったですか?」

「その方が目立たなかった!こんなの、着てるなんて可笑しいじゃんっ!」


確かにこんな格好をする物好きな女は居ないだろう…というような可愛さ満点の服。

いや、別に変ではないのだ。リョーマが着ていると、それはある意味妖精のようでもあった。

男達は可愛さのあまり、視線を向けていたのだ。


「んふ、変じゃありませんよ。…しかし、目立ってしまったのは事実ですね」


申し訳なく言われると、なんとなくそれ以上に責めることが出来ないリョーマだった。


「あっ!観月、早く寮に戻らないと不味いだーね!!」

「あぁ、そうでした!…越前君、すいませんが…僕達はここで失礼します」

「悪いな、越前!ホント急がないと間に合わないんだっ!」


さーと駆けて行くルドルフ集団。

リョーマはというと、ポツンと取り残されてしまった。


「…くそ、次に逢ったら仕返ししてやる」


そう言い残してリョーマは、家に帰る為に歩き出した。

その後ろを歩く男に気付かないまま………。